ブレッケンリッジ.キース著、堀内隆行訳(2017:原著2014)『生体認証国家−グローバルな監視政治と南アフリカの近現代』岩波書店。

ブレッケンリッジ.キース著、堀内隆行訳(2017:原著2014)

『生体認証国家−グローバルな監視政治と南アフリカの近現代』岩波書店

 

序文:本書は、南アフリカアパルトヘイト国家の原因を、バイオメトリクスの科学(計量生物学)と技術(生体認証)に関するグローバルな議論の影響から説明するものである(v頁)。

 

序章 グローバルな生体認証の世界

p1:生体認証による登録システムは、選挙人名簿の作成、福祉給付金の分配、身分証明書、移民の管理など様々な分野で活用されている。これらは南アフリカで初めて開発された。

p2-6:国家とは何か。3つの理解。

マキャベリホッブズヘーゲル。国家を人格のように看做し、単独で至高の行為主体と考える。

フーコー。国家とは合理化や規律化、統治の分散した主体である。国家を統治者と被治者の言語と実践として捉える言説研究。住民の生物的健康に関心を払う国家。

・アフリカの国家は、住民の健康について関心を持つレベルになく、それを追跡する能力も情報もない。植民地以来、交易管理の門衛国家。人格的な国家理解も、フーコー的な国家理解も通用しない。「アフリカ大陸の国家は、他地域について歴史家が詳細に示してきた文化的任務をほとんど遂行しこなかった。また、社会的なものに対する支配も、存在したとしても長いあいだ弱体だった。これらが意味するのは、近代国家を理解するための二つの有力な方法――擬人化および人類学と呼ぼう――がともに本書の計画には不適当なことである。だが幸運にも、方法はもうひとつ存在する。それは物質主義的・技術的国家理解」(5頁)である。これは、国家とは観念であって、想像の産物であるという批判的な理論を部分的に否定している立場だ。ミリバンドの「国家は実態ではなく、それ自体としては存在しない」という考えは否定される。国家は確かに実体として、道路、病院、通信回路、コンピュータ、書類整理棚、武器に現れている。

 

P6-7:文書処理。ただし、議会や行政の残した文書を読むという方法では、南アフリカ国家には適さない。それは旧式の文書的基盤に依拠しない国家だからである。「筆者が生体認証国家について語るとき念頭にあるのは、身元確認の技術と構造を中心として組織されている国家である。この技術と構造は、近代国家を生み出してきた、書記行為による旧式の身元確認とはまったく違う」(7頁)。

 

p10- 13:バイオメトリクス=生体認証は、機械によって正確に計測された人体の特徴に基づく、自動化された個人の識別のことだと言える。そして、その源流には、生物学データ分析の統計科学、とくに数学的方法(相関係数、回帰、適合度検定などの技術)がある。

創始者:フランシス・ゴルトン。1900年代からUCLのゴルトン研究所。計量生物学と優生学の親密な関係の中で生まれた。

前史:19世紀フランスの警察で開発された人体測定法。1880年代パリ警視庁のアルフォンス・ベルティヨンが考案。ゴルトンは指紋法に頼る。

「こうした行政上の生体認証は、人体の模様の数的表現といえる。初めは画像――ふつう指紋、ときに虹彩や顔――かもしれないが、模様や微細な点の抽出を経てつねに数へと変換され、万人不同という主張を支える。」

20世紀を通して、生体認証は文書行政に反対するものとして進展してきた。第一に、ゴルトンが考案した指紋法導入計画と生体認証行政は、読み書きのできないイギリス植民地の臣民を身元確認する欲望によって動機づけられていたこと。第二に、たしかに指紋採取の初期には身体の情報が紙の記録にされていたが、そもそも生体認証は用語のどのような意味においても、文書ではなく、その情報を保存するデータベースも文書館ではない。生体認証のデータベースはICメモリやスマートカードといった不定形な形で存在する。また、文書管理は官僚によるもので、どうしてもミスや偽造が避けられないが、生体認証による身元確認はこうした限界を一掃する確実性を原則としている。

 

p14-15:生体認証はどこでより活発か。

ヨーロッパや北米でも生体認証パスポートはある。しかし、これらの地域ではプライバシーに対する強力な世論(とそれを考慮せざるを得ない政治システム)があるために、非常に限られた監視能力しかない。対して、ヨーロッパや北米にいる外国人移民に対しては、より徹底した生体認証による身元確認が適用されている。生体認証の適用度合いには、植民地帝国の遺産が刻印されている。そして、生体認証による市民・選挙人登録がされているのは、技術的に進んだ北半球の国々ではなく、技術的には遅れていると考えられがちの南半球の国々である。最も極端な事例が、インドのアーダール・プロジェクト。法的根拠を有しない、民営の生体認証登録。ガンディーが拒否したものが、南アフリカに温存されて、今再びインドへ流入

 

p17-19:「南アフリカは20世紀の植民地帝国にとって、一方では人種隔離技術の、他方では――ハンナ・アレントが初めて示唆したように――官僚制と専制の結合の特別な実験場だった。…官僚による人種支配が早くから設計され進展した」。そして、生体認証に関して、世界中の諸国が最近10年間で採用してきた技術が、南アフリカで最も早くかつ完全に開発された。一般に、ゴルトンの統計学と監視の研究は、ベルティヨン(パリ警視庁)、ケトレ(ベルギー統計学者)、エドワード・ヘンリー(ロンドン警視総監)、J・エドガー・フーヴァー(FBI)らの歴史の中に位置付けられ、ヨーロッパ・アメリカ的なものとされているが、ゴルトンはより適切には、「植民地帝国の知識人」であった。ゴルトンは南部アフリカ旅行で得た人種的知見を統計学優生学と融合させた。ゴルトンは、奴隷制への人道的非難を退けるような立場の人間で、アフリカ人は強制労働に適している遺伝的集団だと考えていた。彼はチャールズ・ダーウィンの従兄弟で、個人が人種集団の規定から逃れられないと考えていた。エドワード・ヘンリーも、1900年にチェンバレン(当時、植民地相)の命で南アフリカに犯罪捜査課設置のために派遣されていた。

 

p21:ガンジーの生体認証に関する立場は微妙。1904年には、読み書きのできないインド人にも利用可能な署名の道具として、指紋を行為的にみていた。しかし、1906年指紋認証が人種隔離に利用される危険性を悟ると、抵抗運動を組織。けれども、1908年には大衆による自発的登録という提案をしている。

 

p25:生体認証統治の動機は何か。フーコーウェーバーの国家建設を統治や合理化の産物と見なす一般的説明は使えない。代わりに、20世紀の南アフリカにおける「革新主義」の影響を考慮。